茶の湯の裂地

                           

大応金襴(だいおうきんらん)
大応国師南浦紹明の伝法袈裟裂。柿の蔕紋様と伝える。大徳寺龍翔寺に伝来し、龍翔寺の留柄とされていた。

大覚寺金襴(だいかくじきんらん)
名物裂の一。白地に、金糸で小牡丹唐草紋とその間に十字を織り出した金襴。大覚寺伝来の裂という。

大黒屋金襴(だいこくやきんらん)
名物裂の一。浅葱、茶、紺などの経三枚綾地に、金糸で一重蔓小牡丹唐草紋と宝尽し紋を織り出した金襴。堺の商家、大黒屋の所持に因む名という。『古今名物類聚』所載。

太子間道(たいしかんとう)
名物裂の一。臙脂色地に、黄、紺などの細縞と、その間に白、茶、黄などの絣風の文様を織り出した間道。インドネシア地方のイカット織と同じ手法で絹糸の経絣織。桃山時代の堺の町人太子 屋宗有の好みとされる。法隆寺伝来の広東錦と似ているところから聖徳太子が幡(ばん仏・菩薩や法要の場を荘厳供養する旗)に用いたとの伝承からの名ともいう。大名物「油屋肩衝」の仕服として用いられている。『古今名物類聚』所載。

大燈金襴(だいとうきんらん)
名物裂の一。丹地三枚綾に細かい石畳紋を織り出し、文様は雲、唐の花、霊芝ともいわれるが、上下に爪をおいた霊芝雲紋様とみられるという。大徳寺開山、大燈国師(1282〜1337)の袈裟裂と伝えられ、大名物「槍の鞘」、中興名物「在中庵肩衝」などの仕服に用いられる。鎌倉時代に蘭渓道隆(大覚禅師、1213〜1278)が中国宋より招来し、南浦紹明に与え、さらに宗峰妙超(大燈国師)に与えたと伝えられる。『古今名物類聚』所載。

大徳寺金襴(だいとくじきんらん)
名物裂の一。尊氏金襴の別称。大徳寺の金襴縫合せの打敷の外縁に用いられているところからの名という。この打敷の裏に天正7年(1538)10月に大内義隆が寄進したと記されている。

尊氏金襴(たかうじきんらん)
名物裂の一。白地の五枚繻子地に、金糸で丸紋の入った石畳紋を織り出し、交互に米字型の花紋を織り出した金襴。足利尊氏の鎧直垂に用いられたところからの名という。また、大徳寺の金襴縫合せの打数の外縁に用いられているところから「大徳寺金襴」、花紋が石畳を釣っているように見えるところから「釣石畳金襴」の名がある。『古今名物類聚』所載。

高木間道(たかぎかんとう)
名物裂の一。紺縞と薄黄茶の縞を交互に繰り返した横縞に、黄茶の細い堅縞を交差させた間道。あるいは萌黄地に紺の細縞二本を挟んだ黄茶の太縞を通したもの。

高野緞子(たかのどんす)
名物裂の一。鶯茶地に、浅葱で雲に宝尽しを織り出した緞子。安楽庵手の模製とみられるという。他に『古切写』に「紅地、模様蓮華唐草、間に宝尽しあるもの」とあるものがあるが、いずれも江戸時代に我が国で製した物と云う。

宝尽金襴(たからづくしきんらん)
名物裂の一。地合に金糸で小牡丹唐草紋と宝尽し紋を織り出した金襴。地色は、白・萌黄・紺・茶色などがある。大名物「白玉文琳」などの仕服として用いられる。『古今名物類聚』所載。

橘屋金襴(たちばなやきんらん)
名物裂の一。丹地に、金糸で向かい合った鳳凰の丸紋を互の目に織り出した金襴。橘屋宗玄(たちばなや そうげん)の所持に因む名という。「二人静金襴」の色替り。『和漢錦繍一覧』では二人静金襴の別称とする。橘屋宗玄は、江戸前期の町人・茶人。京都生。名は玄通、通称は長兵衛。小堀遠州の門人。

橘屋銀襴(たちばなやぎんらん)
名物裂の一。茶地に、堅筋があり、銀糸で木瓜に鳥を織り出したもの。一説には、紫あるいは丹地に鳳凰の丸紋ともいわれる。橘屋宗玄に因むかと思われるが不詳。

千種緞子(ちくさどんす)
名物裂の一。濃縹地に、浅葱と樺茶で二重蔓唐草に龍を織り出した緞子

中牡丹金襴(ちゅうぼたんきんらん)
名物裂の一。『古今名物類聚』所載。

長楽寺金襴(ちょうらくじきんらん)
名物裂の一。『古今名物類聚』所載。

作土(つくりつち)
草花紋や草花動物紋に、その根付いた土壌までを単一の紋様として配したもの。

筒井金襴(つついきんらん)
名物裂の一。丹地の経三枚綾地に、金糸で一重襷を織り出し、向かい合った双龍紋を織り出した金襴。筒井順慶(1549〜1584)の所持によるとも、大名物「筒井肩衝」の仕服に用いられているところからの名ともいう。『古今名物類聚』所載。

紬地金襴(つむぎじきんらん)
名物裂の一。紬糸の経四枚綾地に、金糸で紋様を織り出した金襴。地色は、茶、赤、白などがある。『古今名物類聚』所載。

釣石畳金襴(つりいしだたみきんらん)
名物裂の一。白や萌黄地の五枚繻子地に、金糸で丸紋の入った石畳紋を織り出し、交互に米字型の花紋を織り出した金襴。花紋が石畳を釣っているように見えるところからの名という。白地のものは尊氏金襴と称される。

鶴岡間道(つるがおか かんとう)
名物裂の一。赤・白・茶の堅縞に、白・黒・茶などの緯糸で大きな格子縞を織り出した間道。縞の中に細かい菱紋が織り出してある。鶴ヶ丘間道。鶴岡八幡宮の戸帳裂に用いられたとの伝からの名という。『古今名物類聚』所載。

定家緞子(ていかどんす)
名物裂の一。縹地に、桔梗、菊などの蔓唐草紋を薄い黄茶または薄青の色糸で織り出した緞子。京都島原の定家太夫の打掛の裂であったと伝えられ、中国明末清初の製といわれる。『古今名物類聚』所載。類裂に「正法寺緞子」がある。

徹翁金襴(てっとうきんらん)
名物裂の一。白地に、小唐花を織り出した金襴大燈金襴と同種の裂で、大燈金襴を赤大燈と呼ぶのに対し白大燈ともいう。大徳寺二世徹翁義亨禅師の袈裟に因む名という。

藤言金襴(とうげんきんらん)
名物裂の一。萌黄の経三枚綾地に、漆箔の箔糸で小鶏頭の作土紋を互の目に織り出した金襴。道言金襴・藤権金襴とも書く。中興名物「天筒山肩衝」「富士山肩衝」の仕服として用いられる。『古今名物類聚』所載。

道元緞子(どうげんどんす)
名物裂の一。 藍地に、白茶の緯糸で丁子花唐草と花、一筋の花と花との間に小さな蝶、他の一筋の花の間には蜂を織り出した緞子。道元の名称は、永平寺開山道元禅師が宋より伝えた袈裟裂が本歌といわれるが、実際には明代中期以降の製とされる。また一説に西陣の織屋道玄に因むともいわれる。 『古今名物類聚』所載。

東大寺金襴(とうだいじきんらん)
名物裂の一。濃縹地に、金糸で丸龍紋と宝紋様を織り出した金襴。東大寺所伝からの名という。

斗々屋間道(ととやかんとう)
名物裂の一。鳶色地に、茶の格子縞の間道

斗々屋金襴(ととやきんらん)
名物裂の一。縹地に、金糸で蓮・牡丹唐草を織り出した金襴

冨田金襴(とみたきんらん)
名物裂の一。丹地や蘇芳の三枚綾地に、金糸で霊芝雲を斜めに大柄に織り出し、その隙間に宝尽しを細かく織り出した金襴。富田左近将鑑知信(?〜1599)が秀吉から拝領して所持したことに因む名という。名物「富田天目茶碗」、大名物「利休丸壺」の仕服として用いられる。『古今名物類聚』所載。

虎緞子(とらどんす)
名物裂の一。 茶色の地に、こげ茶の藻紋を織り出した緞子。これを虎の斑紋に見立てて虎緞子の名がある。地を経三枚綾とし、紋を六枚綾で組織しており、正確には緞子とはいえないが名物裂では緞子之部に入れられている。萌黄地のものもあり、同様に地と紋を濃淡で現している。明代中期のものとされる。 『古今名物類聚』所載。

                           


 
 
 
 

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